Yasumasa Fukushima(福島安正)

ベルリンからウラジオストクまで一年半かけて1人で愛馬たちと駆け抜けたスーパージャパニーズ福島安正が、地理的悲劇を味わい続けていた旅の途中のポーランドで得た情報はその後の日露戦争などの準備に大変役だったという。カウンターインテリジェンス型ではなく脚でかせぐ情報に日清日露は助けられる結果となったようだ。坂の上の雲を読み直そうと思う。

一方いまからちょうど100年前シベリアで凍死寸前のポーランド難民をいわゆる杉原千畝ユダヤルート【ウラジオストク〜敦賀】で助けることができたのも福島のもたらしたポーランドの悲劇の情報を国策に活かしてきた証と言える。

ポーランドを初めて訪問した日本人として彼の地で著名な福島に間接的に助けられた約700の命はその後のアウシュビッツを経てもいまでは数千に。子孫が聞いていた日本の記憶は大阪城と天王寺動物園にあるようだ。特に象の背中に乗せてもらったのが記憶に残っているという。そういえば杉原千畝ユダヤサバイバー【ユダヤ系ポーランド難民】もなぜか多くが大阪城と天王寺動物園を訪れていることがユダヤ団体の写真でよくわかる。福島のユーラシア大陸横断の戦友たる3頭の馬が帰国後上野動物園で余生を過ごしたのも何かの縁か。

福島サバイバーのポーランド富裕層を攻略するヒントは大阪にあり。新しくできた敦賀のムゼウムと大阪の旅程はポーランド富裕層向けに意義深いストーリーにできそうだ。福島は長野県松本市出身、東京青山霊園で永遠の眠りについている。

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